人はなぜ生きるのか!私の辿り着いた結論!その9:今、想うこと

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今回、あることをきっかけに『人はなぜ生きるのか?』という問いに対して、私がたどり着いた結論を書く機会を得た。

 

20年も昔のことを思い出す作業は楽しくもあり、当時の自分を振り返りながら、まだ若く人生経験もなかった自分を思い出した。

 

あれから20年以上の歳月が流れ、人生の酸いも甘いも経験してきた現在の私は『人はなぜ生きるのか?』と考えることはなくなった。正確に言えば毎日の生活に追われ考える余裕がない。
(一応、納得する結論にたどり着いたしね)

 

しかし、こうして一つ一つを丁寧に思い出してみるのも、当時の忘れていた記憶や感情が蘇ってきて楽しく、たまには時間をかけて自分の人生を振り返るのも有意義なものだなと感じた。

価値観が多様化し、スマホで何でも出来てしまう現代において、物事には様々な面があり、多角的に見ないとその真実の姿は見えてこない。

 

『人はなぜ生きるのか?』という問いも同様で、多角的に見なければいけないし、人それぞれ様々な考え方があってよいと思う。

そんな中、今の私が生きて行くうえで意識していることがある。

それは『自分は様々な価値観、人生論、考え方、物の見方がある中で、どのポジション、どの立ち位置をとるか!』ということだ。

白か黒か、善か悪か、損か得か、右か左か、挑戦するかとどまるか、人生で起きる様々な事柄に対して、自分の立場をはっきりさせること!

それが『どう生きるのか!』ということに繋がっていくと信じているし、『今日が人生最良の日』という平凡な毎日を送ることにも繋がっていくと信じている。

 

昨年。ファッションデザイナーの山本寛斎氏が亡くなった。氏は自分なりの人生を必死に生きてきた人物である。

そんな氏が亡くなる直前、お見舞いに訪れた親族に『俺の生き方、どうだ?』と言ったそうだ。

 

私も、いつ訪れるかわからないが、確実に訪れるいまわの際で言いたいと思う。

『俺の生き方どうだった』と。

人生の後半戦に突入した私だが、残りの人生、そんな風に生きていきたい。

 

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